タイトル: 古い少年漫画とか、ギャルゲによくある 襲われている女の子を助けるヒーローな男の子的シチュエーション短編。 アイザワはなんていうか……クラスの中ぽつりと一人席に座り、その場が彼の 要塞とでもいった風情で私を含む周囲の人間に何かと近寄りがたい雰囲気を醸し 出している。そんなヤツだった。 私はといえば、他の連中の対応と大差無く、特に理由が無い限り関わりあいに なりたくは無いと、彼を空気のように扱っていた。空気という例えならば、彼の 周囲の空気はまさに息苦しく重たいものだった。 黙っていればカッコいいタイプ、というものにアイザワは当てはまりそうな気 がする。が、そもそも彼は黙ってるのがデフォルトであるため、結局彼がカッコ いいのかは私にはいまいち判断はできない。 顔立ちは標準以上に整っていて、少々長すぎる感のある髪もつややかというか ストレート、ジャニーズ系のアイドルに紛れ込んでいても、下手をすれば違和感 を感じないかも知れない。 とはいえ、アイザワが爽やかなアイドルスマイルを浮かべるところを想像でき るやつなんかこのクラスにはきっといないだろう。私は言わずもがな、想像でき るはずもない。 基本的に彼は常に何を考えてるものやら、周囲からは想像のかけらすら拾わせ ることができないほどの無表情を保ちつづけている。その表情が静かなる怒りを 湛えているものなのか、愁いを帯びた表情なのかすら察することができない。 会話、というか、彼が「話す」という行為をするのは唯一授業中教師に発言を 求められたときだけである。そこはかとなく不良っぽい雰囲気を醸し出している わりに、授業はきちんと受けているらしいく、ますますつかみ所が分からない。 友人関係というか、クラスメイトの男友達と会話をしているところを私は見た ことが無い。四六時中監視してるわけでは無いので断定はできないことだが。 不良っぽいイメージ、というところが一番アイザワには妥当なキャラクターだ ろう。それはそれで、女生徒たちに受けがいいのでは無いかと思うことはある。 人は見た目で判断するものだという自己信念を持っていそうな少女たちに一時期 彼が囲まれていたことがあった。私の基準でいえば、クラスの男子の中での彼の ビジュアルは頭一つ跳びぬけていた。 しかし彼女たちも次第に彼から遠のいていった。 彼の顔を間近にした瞬間、彼の持つ「美形」というイメージが一気に崩れ去る のだ。 彼は目つきが悪い。彼が「見る」という行為をするとき、見られる側は「睨み 付けられる」かのような感覚を覚える。以来、彼は「近寄りがたい」という恐怖 に似た印象を周囲に与え続けている。 あの日、私を助けたのはそのアイザワだった。 私がその日窮地に立たされていた理由など、今さらこの場で語る必要があるだ ろうか。 その必要を感じない程に、あの瞬間のアイザワの出現は私には衝撃的だった。 周囲にはデブ、不細工、何か変な臭いがしそうな奇妙なオーラを漲らせている 男たちが私の回りを取り囲んでいる。 「……何か用? っていうか、あんたら誰よ?」 その人たちはどうも私が生理的に嫌悪を感じるほどにキライなタイプの人間だ ったせいもあって、少々私の語気も荒かった。 「イワクラさぁん……、何でボクらのこと覚えてないんですかぁ……」 長身の眼鏡の男が、弱々しそうに言う。 そう言われても、っていうかそもそも会ったことあるっけ……? っていう感 じで……。 ……あ、そう。思い出した。 「私さ……君等の話はお断りしたはずだけど?」 彼らは、確か、私に告白し、私がふった男たちだ。 当然だろう、ストーカー紛いに付きまとう男相手にお付き合いしたいなんて、 誰が思いますかって。しかし、流石にこんなに人数いたっけなぁ……と疑問と同 時にそれは不気味に感じた。どうも私は変な人間に好かれる性質らしい、まった く、クソ忌々しい。 なんにせよ、この状況はかなり身の危険を感じる。逃げるに越したことはきっ と無い、話合いが通じるとは思えない雰囲気だ。 私は隙を付いて彼らを振り切ろうとした。このまま警察にでも駆け込んで…… 。 右手を固められる感触を感じ、私はつんのめった。誰か分からないが男の手が 、私の右腕をがっしりと握りしめていた。その状況を「怖い」とまでは思わなか ったものの、思いっきり生理的に嫌悪感を感じた。 「離せっ!! キモいんだよ!!」 男の握力は私の想像以上に強く、拘束されるかのように強く握りしめられてい た。 周囲の男たちもそれに加勢しようと、私を取り囲む輪を縮めてくる。 その変でようやくヤバい……と思った。こいつら、正気じゃない。 ええと……、聞き齧った護身術によると、腕を捕まれた場合自分の手を相手と 逆方向に捻って……。 私はその場でそれをやってみせた。相手の腕力や人数によってはそれは役たた ずだということを 、私は同時に学んだ。 私の両腕は後ろから拘束されていた。頭から血の気が引いていく。 「離れろ!! このXXX野郎っ!!」 罵詈雑言の限りを私は喚き散らした。男たちはもはや勝ち誇ったかの怪しげな 表情を浮かべ、私の側へにじりよってくる。 頭から血の気が失せると同時に、その瞬間私は思いっきりキレた。 両腕を拘束された状態でできることいえば、足を動かすぐらしかない。丁度目 の前に居た男の股間にめがけてありったけの力を込めて蹴りを入れる。本気で殺 してやろうかってぐらいに何度も。 ……しかし、それもただの時間稼ぎに過ぎなかった。余りにも人数が多すぎる 、しかも、こういう暴力沙汰の経験なんて私には無い。 そこで、どこからともなく表れたのがアイザワだった。 気配を消す術でも持ってるかのように、いつの間にやら表れ、そこにいること に気付いたころにはすでに男二人がその場に蹲っていた。 王子様が助けに来てくれた……なんていう妄想を少女趣味な人間だったなら思 い付くかもしれない。たぶん数秒後にはその妄想は欠き消えるだろう気が私には するが……。 アイザワが男たちにやっていることは、戦っているなんていうきれい事では済 まされるはずもないほどの暴れかただった。殴り合いという単語の方がどれだけ 美しい響きを持つだろうか。 アイザワは殺られる前に殺る。何の前ぶりもなくいきなりターゲットの男に飛 びかかって押し倒す。馬乗りになったまま、ただひたすらに下にされている男の 顔面を殴りつづける。 この時点で、取り囲む群集の中の気弱なものたちは既に引いて……むしろ怯え て後ずさりを始めていた。 おろおろとしている男の襟首を掴むや、もう片方の手で殴り付ける。男の喉に アイザワの拳がめりこみ、男は悲鳴も上げられぬような表情で息も絶え絶えにし ゃがみこんだ。しゃがみこんだ男の顔面に反発も彼は蹴りを入れる。 男たちの中に、たまたま用意が良かったのか(私にとってはまったく良くない )手にナイフを持ったヤツが一人居た。というか、ほとんどのやつは逃げ帰って るか血みどろでその場に倒れているかで、残ってるのはナイフの男ぐらいだった 。 そのときのアイザワの表情を、私は一生忘れることができないだろう。 過去見たことのある人の顔の中で、最も恐ろしいものを私は見たのだから。 相変わらず考えが把握できないアイザワの顔、それは笑っているようにも見え たし、相手を馬鹿にするようにも、あるいは殺意が籠っているようにも見えた。 ただでさえ近寄り難い印象をあたえる目つきにギラギラとした光が宿り、私はお もいっきり目を逸らした。 周囲の男立ちも正気じゃないと私は表現したが、そのときのアイザワの表情と 比べれば天と地の、般若とヒョットコぐらいの差があった。 言うなれば、男たちは「ヤバい」、アイザワは「キレている」とでも言えばい いだろうか。 ナイフの男はこっちに近寄るな、とでも言いたげに刃物を見せびらかし、アイ ザワを威嚇する。 けだるそうにその男へと歩いていくアイザワの姿は……もはや、明らかにヤバ すぎた。 ヤクザものの映画の下っ端が出しそうな奇声を上げ、意を決したナイフの男は 手に持ったナイフを振り回した。アイザワはその男に近付くと、ナイフを左腕で 「受け止めた」。 もともとは単なる脅しのために振り回したのだろう、男は自分が振りかざした ナイフが相手に刺さったという予想外の自体にためらった。 アイザワはナイフが半ば刺さった右手で男の手を封じ、やはり、殴りかかる。 すでに彼の理性などというものはふっ飛んでいるように私には見えていたが、左 腕の出血によって彼の理性はさらにふっ飛んだかのように見えた。 男のナイフを固定したまま、刃物がさらに深く皮膚に食い込みことも厭わずに 固定させ、無傷の右手に過去最大の殺意を込めて顔面を殴り相手の鼻を陥没させ る、ナイフを上手く男の手からもぎとると首をわし掴みにし握りつぶそうとする 。そのまま男を押し倒すと、アイザワは男の頭をコンクリ製の地面へと何度も何 度も何度も……叩きつけた。ごつん、ごん。そんな鈍い音がうめき声と共に聞こ えた。 「帰る」 あたりには死体にすら見える男たちと血溜りの中、アイザワは一言つぶやいた 。 「少しやりすぎた」 「まぁ、そうだよね。うん……」 私はなにを言うべきか酷く迷った。 「……イワクラも帰ったほうがいい。このままだとパクられそうだ」 そりゃー、手といい腕といい、あんた血まみれだからね……。 「ああ、うん。分かった。ありがと……」 アイザワは無言のまま去っていく、恐ろしく近寄り難いながらも私はその後を 追った。 アイザワと多少なりとも「会話」が成立したのはそれが初めてだった あとがきのような: 颯爽と表れて少女を助ける美形の少年、古典ながらも、いいなぁ……。 と思うついでにアクションシーンというものの練習がしたくて書いた思いつき短編。 某ギャルゲをプレイしてたらそういうシーンがあったので、コピーしてみた。 そういうのシチュを読むと自分の文でトレースするのが趣味。 しかし、オチぐらいつけるべきだった。 追記: アイザワは素直クール、無口キャラでお願いします(何がだ)。