目を閉じれば何時でも蘇ってくる
暖かい母の手
小さい頃よく引かれた
誰よりも大切だった人










+外伝+
母の面影を持つ者










「那戯様、まだお起きになりませんの」
紀宮が那戯の部屋の方をぼんやり見つめながら溜め息を出す。
此処は時宮幹部集会所。
優乃や琉鳳達はもちろん入って来られない。
「まぁ、今はゆっくり寝てもらおう。
今日は大事な排除事項があるからね」
優しい口調で穏やかに話す。
そんなのは琉鳳か紅葉に決まっている。
しかし此処は時宮幹部集会所。
言葉を紡いだのは後者だった。
「・・・那戯様ったらあのガキ共が来てからすっかりお元気になられて。
私達が那戯様を元気付けるように創られたのに。
私達なんて・・・もう必要とされてないのかしら」
優乃達よりも小さな体の紀宮が優乃達をガキ扱い。
しかしそれは間違いではなかった。
紀宮はこの時宮で生まれた。
それ故に優乃達とは比べ物にならないぐらいの時間を那戯と共に過ごしてきたのだった。
「そんな事を言っちゃ駄目だろう、紀宮。
私達の力は那戯様に必要とされているんだ、分かるだろう?
那戯様は優乃達を贔屓したかい?
・・・徒・・・妹だから・・・」
そうに決まっている。
妹だから。
澄桜としての時間を大切になさっているだけだと、紅葉は自分にも言い聞かせた。
「そうですわよね!
私達が・・・徒の人間如きに劣っている訳ないですわ。
私達は那戯様と同じ・・・普通を超えているもの」
紀宮もまた自分に言い聞かせた。










「・・・那戯様、遅いね。
でも私達が勝手に那戯様の部屋に入るのはあまりにも礼儀知らずだろうね」
紅葉は紀宮に同意を求めた。
「あのガキ共は平然と入って行きますけどね!
何て礼儀知らずなのかしら。
あ!
私良い事思いつきましたわ。
ティルムに見に行ってもらいましょう」
頷く紅葉を見ると紀宮は叫んだ。
「時宮管理システム起動!
ティルム神、至急応答してくださいまし」
ブゥゥンという音と共にモニターに光が満ちた。
そして暫くしてからモニターからティルムが現れた。
「紀宮に紅葉・・・ですね。
此処、時宮幹部集会所じゃない。
貴方達二人だけ?」
何事もなかったかのように話すティルム。
「そうですよ。
ちょっとお願い事がありまして」
紅葉はにっこり微笑みながら言った。
隣で紀宮が
「いいいい、行き成りモニターから出るなって言っているでしょうが!」
と驚いている。
「はいはい、分かったわよ。
那戯の様子見てくれば良いのね」
そう言って手を振りながら、壁を通り抜けていった。
「・・・あの人には何でもお見通し・・・ですね」










夢を見ていた
お母さんの夢
行かないで
私を置いて行かないで










「・・・那戯。
それは水乃の夢?
それとも、もう一人の・・・私の夢?」
澄桜水乃。
戦国時代で那戯を育てた人。
どう足掻いても良い母親とは言えない様な人。
「・・・ティルム。
おはよう。」
「もう一人の私はどんなだった?」
那戯に真剣な目で聞く。
夢で見た人がもう一人の私だと確信していた。
「・・・んもう、ティルムったら。
良い・・・人だった。
誰よりも大切だったよ。
今も一緒。
ティルムや・・・皆は譲れない大切な人。
だから・・・私は生きなくちゃいけない。
紗都音を・・・殺す事になっても」
最初はおどけていたが最後は真剣な眼差しで。
一点の曇りもない目で。
「そう。
貴方が決めた事ですものね。
私は見守るだけ・・・。
私は那戯を守るの。
その為の守護神よ?」





優しい微笑みは母そのものだった。





優しい微笑みは母そのものだった。










「紀宮、紅葉おはようっス!
今日の任務の概要説明後、優乃達を集めて」
「はい、おはようございます、那戯様。
私が任務概要をご説明致しますので、紀宮に優乃達の招集を」
紅葉がさっと満面の笑顔で那戯に歩み寄る。
紀宮は
「しまった!
紅葉も敵なのよ!」
とわなわなと震えている。
「そう?
じゃあ、紀宮。
五分以内で集めてきて」
笑顔で答える那戯。
「あの笑顔は私のものだったのに!」
と泣きながら移空する紀宮。
「それでは今回任務のご説明を。
任務内容は時空の歪みを生じさせ、時宮を混乱させようとしたレトリール神排除となります。」
レトリール神。
その言葉に那戯とティルムが顔を強張らせた。
「那戯様?
・・・いつかこうなると分かっておられたでしょう?
大丈夫です。
貴方は私が守りますから」
プロポーズ並みの紅葉の力強い言葉も那戯には届いていなかった。
思い出すのは、母の最期。










私は忘れない
母を苦しめた者達を










「那戯ちゃん!
私達の居住区どうにかならないの?」
「居住区・・・?
琉鳳、白葉と一緒にしたよね?
・・・白葉!何かしたの?!」
どん!とテーブルを叩いて立ち上がる那戯。
「何だよ!
何で、何でもかんでも俺のせいになるんだよ!」
同じく立ち上がる白葉。
「まぁまぁ。
那戯も白葉も落ち着いて。
優乃が言っているのは距離の事ですよ」
琉鳳が苦笑しながら止めに入る。
「距離・・・?
何か問題あるの?」
すとんと座って琉鳳の顔をぼうっと見る那戯。
「えぇ。
僕達の居住区・・・那戯の部屋とか重要な部屋に凄く遠いんです。
移空出来ない私達には少し・・・。
気軽に遊びに行ったり出来ないじゃないですか」
にこやかに話す琉鳳。
「あぁら?
移空出来ない人間が悪いのでなくて?
ね、紅葉」
紅葉は黙っている。
「こらっ、紀宮!
そんな言い方しちゃ駄目でしょ!」
那戯が怒る。
紅葉は口を押さえながらくすっと笑う。
「あぁ!
紅葉ったら自分が優乃達の居住区決めたくせに!」
涙目で怒鳴る紀宮。
「気が付かなくてすみませんでした、那戯様。
那戯様の居住区に優乃達が住めるようにしましょうか?」
紅葉が申し訳なさそうに提案する。
「・・・駄目。
それじゃ優乃達は何の為に時宮に来たの?
私のサポートする為でしょう?
こんな事で音を上げていてどうするの?
・・・もっと嫌な事があったら元の時代に帰るの?」
悲しそうに俯く那戯。
「那戯様?」
紅葉が那戯の異変に気付く。
「嫌な事があっても避けて通っていたら駄目なの!
ちゃんと・・・ちゃんと立ち向かって・・・」
ぽろぽろと涙を零す那戯。
「那戯ちゃん?!
どうしたの?
言わないでおこうかと思ったんだけど・・・。
那戯ちゃん、今朝も泣いていたよね?
どうしちゃったの?」
双子故に分かる痛みを優乃は感じていた。
「優乃、暫く放って置いてあげて。
那戯は・・・もう一人の私の事で・・・」
言葉を濁すティルム。
「ティルム、那戯様をお部屋へ」
紅葉が促す。
部屋を出て行った那戯とティルム。
「どうして・・・?
どうして那戯ちゃんは自分が辛い時言ってくれないの?!」
半ば泣きながら叫ぶ優乃。
「那戯様は過去と戦っておられるのよ。
優乃達・・・その過去を知らないじゃない!
それなのに・・・それなのに!」
そう言い残して紀宮も去っていった。
「那戯様は・・・私が守ります。
命に代えても。
それが私の決めた道だから」
紅葉がそう言って去ろうとした時、こちらも双子パワーで琉鳳と白葉が言い返した。
『那戯は僕(俺)が守るから』










レトリール神。
ティルム神を一度殺したとされる一味に名前が載っていた。
空っぽになったティルムにもう一度命を与える時、忘れないと誓った。
誰よりも大切だった人を一度失った。
思い出すだけで胸が締め付けられた。
「忘れては駄目よ、那戯。
絶対忘れてはいけないの」
那戯は一人になった部屋でそう呟いた。










「今からレトリール神排除に向かう!
紀宮、移空ゲート開いて!」
しっかりとした口調で紀宮に指示を出す那戯。
隣で優乃が
「那戯・・・ちゃん」
と呟いた。
那戯は
「優乃。
大丈夫、私は大丈夫だから。
どんな時も・・・傍に居てね。
貴方は私が守るから」
と、愛おしそうに頬を撫でて微笑みながら言った。
「移空ゲート九十八%安定。
移空に問題無し!
移空ゲート開きます!
那戯様、行きましょう」
紀宮が優乃を羨ましそうに横目で見ながら言った。
「移空ゲートオープン!」
那戯の凛々しい声にゲートが開いた。
倒さなければならない。
那戯の緋色の目がそう強く言っていた。










「ティルム。
貴方は貴方なのよ。
私の・・・大切な人。
代わりなんて居ないの。
私のお母さんは貴方よ。
貴方の仇を・・・貴方と一緒に討つのよ」
移空中意識を保てる那戯はティルムにそう言った。
「えぇ、分かっているわ。
一緒に・・・倒すべき敵を倒しましょう」
ティルムは嬉しそうに半身だけ姿を現して言った。
移空中意識を保てるのは自身で移空出来る、那戯、紀宮、紅葉、ティルムの四人。
四人の心は一つ。
倒すべき敵を倒す事。
もう一度命を与えるという様な危険な事を二度としない為にも。












目の前がぱっと明るくなった。
「レトリール神!
Queen of Time、澄桜那戯として、今までの事全てを代償してもらうわよ!」
那戯が宣戦布告をした。
返ってきたのは予想外の穏やかな声だった。
「分かっています。
ティルム神も居るのですね。
私は消されてしまう存在だけど、那戯様とティルム神には謝っておきたかった。
この時を・・・私は待っていたの」
長く蒼い髪を風になびかせながら現れたのはレトリール神。
「何・・・?
じゃあ時空を歪ませたりしたのは那戯様とティルムを呼び出す為だって言いますの?!」
紀宮が叫んだ。
「えぇ・・・。
信じてもらえないかもしれないけど。
ティルム神を殺した事で時宮を追放されていた私にはこうして待つ事だけ・・・」
はらはらと涙を見せるレトリール神。
「ティルムを殺した?!
じゃあ何で今ティルムが居るんだよ!」
訳分からねぇ!と言いたげに白葉が叫んだ。
「那戯ちゃん?
どういう事なの?」
優乃がおずおずと聞く。
「ティルムはね・・・、私を育ててくれた人なの。
能力が強いから、Queen of Timeやれているのも理由なんだけど・・・。
時補佐神のティルムに育てられたからっていうのも理由なの。
時宮にまだ私がQueen of Timeとして生きていなかった時にティルムは殺されたの。
まぁ・・・封印みたいなもんなんだけどね。
レトリール神はその時のティルム神の封印を手伝った人なの。
ティルムは凄く優しくて・・・今もそうだけどね。
だから凄く悲しくて・・・。
時補佐神に命をもう一度与えるって凄く能力を使う事なの。
そして、危険でもある・・・。
でも私、ティルムの居ない生活なんて考えられなくて!」
那戯が泣きながら話した。
「それで・・・那戯は私にもう一度命を与えてくれたの」
悲しそうに・・・でもどこか嬉しそうにティルムが言った。
「そうだったんですか・・・。
那戯は・・・辛い過去を・・・。
私達知らなくて・・・」
琉鳳が目を伏せて呟いた。
「私達は那戯様の腹心として位に就く時に知っていましたけどね」
紅葉が少し嬉しそうに呟く。
「さぁ、私の心の準備は・・・ティルム神を殺した時に出来ています。





早く・・・私を消してください。





早く・・・私を消してください。
私が・・・ティルム神にした時のように」
レトリール神はにこやかに笑って言った。
「・・・そんな・・・」
優乃は泣いていた。
レトリール神の覚悟に涙が出たのだろう。
「・・・消えたいと思っているの?」
那戯が目を伏せて問う。
「えぇ。
私は大きな苦しみを那戯様とティルム神に与えてしまったもの」
鮮やかに笑う。
自分の運命を受け入れるように。










「・・・消えたいと思う人に消えさせてあげる程私は優しくないわ。
罪は・・・きちんと償いなさい、レトリール」
優しく笑って。
でも口調は決して優しくない。
レトリールは驚きの声を上げた。
「那戯様?!
それに今レトリールと呼んで・・・?!」
レトリールと呼んだのは人格を認めた証拠。
神そのものとしてではなく貴方自身に生きる意味があるという証拠。
「分かったら従いなさい。
紀宮、レトリール神を時宮監視所に移空させて。
レトリール、覚えておきなさい。
私は身勝手な女王なんですからね」
レトリールに向かって微笑みかける那戯。
「罪を償う・・・ですか。
ふふっ。
消えるより辛いかもしれないわ。
・・・でも。
消えるより暖かいわ」
今までで一番の笑顔でレトリールは笑った。










「ふふっ。
ははは!
甘いわぁ。
甘いのねぇ、那戯様!」
聞き覚えのある声。
「・・・紗都音」
琉鳳が苦しそうに声を出した。
「琉鳳!
琉鳳じゃない!
こんな所で会えるなんて!」
無邪気に笑いながら舞い降りる姿はまるで子供そのもの。
「会いたかったのよぅ。
まだ那戯様に付いているとは知らなかったから・・・」
琉鳳にべったりな紗都音。
戦国時代ではこんなに感情を表したりなんてしていなかった。
琉鳳への思いも忍になった時から捨てたと那戯に言っていた。
それなのに破壊神として目覚めてから全て狂っていた。
「紗都音・・・。
お願いがあるんです」
琉鳳が真剣な目で紗都音を見る。
「何?何?
私、琉鳳の為なら何でもしちゃうよぅ!」
はしゃぐ姿からは破壊神だなんて誰が想像できるのか。
「そうですか・・・。
それは嬉しいです・・・。
ではっ!
死んでください!」





そう言って刀を構える。





そう言って刀を構える。
「兄貴!
一人で突っ走るなよ!
俺も相手するぜ!」
白葉も刀を出す。
「あらあら。
白葉も居たの・・・。
出来損ないの優乃も・・・」
そう言って手を差し出す。
怯える優乃。
「貴方達には用が無いの。
焼き払っちゃって、ファイアーフレーム」
「集え!ホーリーフェアリー!
我らに加護を、ティルム神!」
残酷に紡がれる魔法。
それに対抗したのは那戯。
那戯の能力の方が少し強く、紗都音の頬を傷付けた。
「那戯様・・・。
貴方・・・いつでも邪魔するのねぇ。
そんなに琉鳳を取られたくないの?」
凄く嫌なものを見るかのように那戯を見下ろす。
「はっ!
琉鳳なんてのし付けて貴方にあげたいぐらいだわ!」
那戯が紗都音を挑発する。
「酷い言われようですね、那戯。
後で覚えておいてくださいね」
刀を構えたまま琉鳳が振り返りにこやかに怒っている。
「紀宮、紅葉!
転空システム発動!
今はレトリール神保護が最優先よ。
ちゃっちゃと飛ばすわ!」
那戯の額に刻印が現れる。
そして手にはステッキが。
「那戯様!
レトリール神の移空が完了していません!
この状態で紗都音を転空させるには無理が生じます!」
時宮制御システムの最高管理人である紀宮が焦って現状の把握をする。
「そうそう。
私はレトリール神の記憶を奪いに来たのよぅ。」
本来の目的を思い出しレトリールを手に掛けようとする紗都音。
「止めてよ!
レトリールは罪を償うと!
生きると言ったのよ!
それなのに記憶を奪うなんて・・・」
優乃が勇気を振り絞り、叫びながらくないを投げた。
「ふふっ。
私を誰だと思ってるの?
破壊神よ?
記憶なんて壊して私の糧にするの。
それに罪を償う?
レトリール神、そんな事考えてたの?
あははっ、馬鹿じゃないの。
貴方のした事は償えなくてよ」
軽々と避けて残酷に笑う。
冷たい瞳には狂気しか映らない。
「私の罪・・・。
償えない・・・」
はっとした様にレトリールが紗都音を見つめる。
瞳からは自然と涙が零れ落ちていた。
「そうよ。
来なさい、レトリール神。
私なら貴方を楽にしてあげれるのよ?
要らない記憶なんて捨ててしまった方が良いのよ」
紗都音が手を差し伸べる。
その手を掴もうとするレトリール。
「レトリール!
止めて!
記憶を捨てないで!
私貴方の記憶から知りたい事があるもの!
那戯の母として生きた記憶が見たいの!」
ティルムが初めて言葉を紡ぐ。
「ティルム神・・・。
貴方にはそんな記憶要らないと思うの。
辛いだけでしょう?
自分が絶える時の姿なんて・・・」
悲しそうにレトリールが言う。
「貴方は貴方。
ティルムという名を持つ者。
でも私は創られた。
貴方の面影を持つ者として。
・・・でも」
レトリール神として生きてきた。
神として。
私自身としてでなく。
そして罪を負った。
「なぁんだ。
貴方、ティルム神のコピー?
二人も要らないわよね、那戯様」





そう言って紗都音はレトリールの脇腹を貫いた。





そう言って紗都音はレトリールの脇腹を貫いた。
紅に染まる風景とレトリール。
皆、声にならない叫び声を上げた。
聞こえるのは紗都音の笑い声だけ。
「精々苦しみなさい。
それが貴方の償いになるんじゃなくて?
そして絶える時、貴方の記憶と魂を私に頂戴」










レトリールは彷徨っていた。
扉のある空間を。
夢か現か。
何も分からない。
「私は誰・・・?」
誰かの顔が浮かんでは消える。
「貴方は誰・・・?」
何か凄く大切な事を言わなくちゃいけない気がする。
誰に?
何を?
分からない。
もうどうでも良くなって目を閉じた。










「この傷じゃ、優乃の力は届かないわ」
ティルムが那戯の方を見る。
優乃は必死に助けようとしている。
でも那戯は紗都音を睨んだまま。
「那戯・・・。
助けるの?
それとも放って置くの?
どちらでも構わないわ。
私達の最初の目的はレトリール神の排除よ」
ティルムが低い声で語る。
「あぁら、そうだったの?
じゃあ私は那戯様のお仕事を手伝った事になるのね。
敵対する者達が一つの目的を成し遂げたってところかしら?」
紗都音は紅に染まった手も服も気にしないまま笑った。
「紀宮、紅葉。
聖結界を張って、レトリールと優乃達を守って。
それでレトリールの傷も塞げるはず。
ティルムは・・・私と来てくれるよね」
三人共頷いた。
那戯の為なら何だってやるって誓った。
「紗都音、いつまで琉鳳に貰ったその帯持ってるつもり?」
また那戯の額に刻印が浮かぶ。
その刻印から大きな魔法を発動させるという事が分かる。
「・・・いつまでもよ。
那戯様には分からないわ、一生」
吐き捨てるように紗都音が言う。
「分かるわ。
大切なものを守りたいという気持ち。
大切なものを奪われたくないという気持ち。
私にだって守りたいものあるもの・・・。
でも貴方は間違っている!
譲れないものは守れば良い。
でも!
他のものを傷付けて良いっていうのは間違っているわ!」
「何を分かった風に!」
紗都音の顔が苦痛で歪んだ様に見えた。
「那戯、やりましょう」
ティルムが那戯の手を握る。
「ティルム神、私に力を貸して」





絶空システム発動。





『赤い月。
蒼い月。
白い空。
黒い空。
対なるものに裁きを下さん。
我は問う汝の強さを。
我は問う汝の心を。
我はQueen of Timeなり。
全てから背けられしものに平安の魂を。
絶空システム発動。
全て無に還れ!』
大地が吼える。
空が切り裂かれる。
絶空システム。
それは絶対的な力を持つシステム。
命令した事は現実となる。
しかし紗都音も黙ってやられるわけにはいかない。
「やばいなぁ、こんな大技出されたら逃げ帰る他ないじゃん。
じゃあ、またね、琉鳳、那戯様。
今度こそ、琉鳳を貴方から遠ざけてみせるわ。」
そう言って移空した。










「何で泣いてるのよ、紗都音・・・。
那戯様は・・・倒すべき敵よ・・・。
なのに何で・・・!」
『私にだって守りたいものあるもの・・・』
その言葉が耳から離れない。
何故だか止まらない涙が苦しくって悲しくって紗都音は意識を手放した。










「那戯様、レトリール神の移空、完了しました」
紀宮が笑う。
「ちゃんと罪を償うと笑っていましたから、きっと大丈夫です」
紅葉も笑顔だ。
「那戯ちゃん!」
優乃が抱きついてきた。
「あんな大技ご苦労様です。
それでのしがどうとか覚えてます?」
琉鳳も笑っている。
「いや、知らない」
こちらも笑顔で返す。
「毎度驚かされる事ばっかだよな、本当」
白葉も笑顔。
「よくやりましたね、那戯」
ティルムも微笑んでいる。
優乃は泣きじゃくっている。
「ほら、泣かないで、優乃」
手を差し伸べる那戯。
「う、うん。
色んな事がいっぱいあってちょっとびっくりしたの」
笑いながら手を握り返してくれる。
暖かい。
「帰ろう」
その手を握り返す。
皆の笑顔と共に帰ろう。










時宮に平和な毎日が戻ってきた。
優乃は相変わらずどたばたしている。
それを見て紀宮は眉間に皺を寄せながら大声で怒鳴る。
その傍で男性陣とティルムは笑っている。
そんな穏やかな毎日。
那戯も笑っている事が多い。
でもレトリールはまだ眠ったまま。
少し心配になって、那戯は様子を見に来た。
「レトリールはね、今夢の狭間にいるの。
何もかもから逃れてそこで眠っている」
そうティルムが言った。
「レトリール神・・・。
お願い、帰って来て」
那戯は祈りのように呟いた。










何処かで声がした。
祈りのような、でも暖かい声。
私を呼んでいる気がした。
私は・・・如何したいの?
帰りたい、罪を犯してもなお私に笑ってくれる人達の元へ。
罪を犯した?
そう、私は罪を犯した。
誰に?
大切な人に。
私はその人の面影を確かに持っていたはず。
誰?
ティルム神・・・!
そして那戯様・・・!
でもあのお方たちは私を、罪を犯した私の為に泣いてくれた。
暖かい人達の元へ・・・。
帰りたい・・・。
帰りたい・・・!
帰るの!










「レトリール!
ティルム見て!
レトリールが目を開けた!」
那戯が叫んだ。
「涙が・・・暖かい」
レトリールが呟いた。
「えぇ。
貴方は生きているもの!」
那戯が泣きながら笑った。
「那戯様の涙も暖かい・・・。
そう・・・私は呼ばれたの・・・貴方に」
優しく微笑むレトリール。
「那戯の声は夢の狭間にまで届くのね。
凄い事だわ。
よく帰って来ましたね、レトリール。
那戯、私、皆を呼んできますね」
笑いながら壁を通り抜けていく。
「ねぇ、レトリール・・・。
あの時何て言おうとしたの?」
『貴方は貴方。
ティルムという名を持つ者。
でも私は創られた。
貴方の面影を持つ者として。
・・・でも』
・・・でも。
那戯はその続きが気になっていた。
ティルムの面影を持つ者として創られて、レトリールは如何思ったか。
「でも幸せでした。
いえ、今も・・・幸せです」
母の面影を持つ者が生きている。
流れる涙は私が生きていて貴方も存在するという証拠。
あぁ、皆の足音が聞こえる。
希望に満ちた優しい音が。










目を閉じれば独りでも蘇ってくる
暖かい皆の足音が
私は此処で生きていく
何処までも何時までも共に生きよう




















++++++++++++++++++
コラボ、『母の面影を持つ者」完了致しました。
これも椎名様のお力添えがあってこそです。
此処で感謝を述べます。
本当に有難う御座いました。

表紙も描いて下さったので、此処で紹介しておきます。
そして設定資料も共に載せておきます。
表紙
設定資料

最後に椎名雨音様のサイトの紹介です。
Silent Days
本当に素敵絵師様なので是非行ってみて下さい。

ご協力有難う御座いました。

2005/09/24
千恵拝